国際共同治験開始前に日本人対象の第1相試験を追加実施する必要性についてのステートメント 

 ICH-E5 ガイドライン(「外国臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因につい て」平成 10 年 8 月 11 日医薬審第 762 号 厚生省医薬安全局審査管理課長通知)が日本で公表されて以来、ブリッジング試験の活用が進み、開発初期の段階から国際共同治験の実施を含めた開発戦略を採用するケースが増加してきている。
 国内での新薬承認時期が海外よりも数年遅いという問題(ドラッグラグ)を本質的に解消するためには、日本が国際共同治験に早期から参加することが必要である。これにより日本 での医薬品開発が促進され、ドラッグラグが解消できれば、日本の患者が有効で安全な医薬品を世界に遅れることなく使用できるようになる。
 近年、欧米で薬事承認されている医薬品が日本では申請されない、ドラッグロスという問題が起こりつつある。日本独自の薬価制度やイノベーション評価の不十分さにより現在の日本の医薬品市場は魅力的とは言い難い状況である。これが海外の製薬企業の日本市場での開発意欲を低下させ、国際共同治験から日本が外されるなど、ドラッグロスの本質的な原因となっている。
 厚生労働省の「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会」は 2023 年9月 13 日、「日本だけで第1相試験の追加実施を求められることがあり、国 際共同治験に参画できないなどの不利益がある」、との意見を踏まえ、海外で開発が先行している品目では、「国際共同治験開始前に日本人対象の第1相試験を追加実施する必要はない」とすることを了承した。厚生労働省は、臨床試験に参画する被験者の安全性の確保の観点から、利用可能なデータから安全性や忍容性のリスクを踏まえて日本人データが必要とされる場合を除き、「原則として、日本人での第1相試験を追加実施する必要はない」とす る方針と報じられている。
 厚生労働省は、「我が国の創薬力向上の観点からは、第1相試験の段階から日本も開発計画の議論及び臨床試験に参画することが望ましいというスタンスに変わりはない」とし、第1相試験の実施の有無によらず、承認申請までの間に日本人の PK/PD データを収集するなどして、国内外差について検討を行うことも求める、と報じられている。しかし、日本人での早期の安全性の検討(第1相試験)を実施することなく、検証的な第Ⅲ相試験から日本人を組み入れることには多くの問題がある。
 早期段階の臨床試験において大きな民族差を認めた新薬は開発中止となり、データは公表 されず、民族差がさほどではない薬だけが開発継続され、研究結果が公表されている可能性 が高い。このため、公表論文だけ見ると民族差のある薬はかなり少なく見えるという公表バイアスが存在しているのは確実である。今まで日本人を対象とした第Ⅰ相試験というフィルターにかけ、許容出来ないほどの大きな民族差が見いだされた新薬は第Ⅲ相試験に進むことはなかった。しかし、今後、日本人対象の第1相試験という安全弁を通すことなく、いきなり第Ⅲ相試験を実施した場合、十分に日本人被検者の安全を担保できるのか疑問を呈さざるを得ない。
 新薬によっては薬物動態に影響する薬物代謝酵素等の既知の遺伝子型(ジェノタイプ)の 予測から大きく外れた薬物動態(フェノタイプ)を示すことがある。また、日本人における 安全性のプロフィールが欧米でのそれと大きく異なっていた例も経験されており、現在の科学技術水準においては、外国人での臨床試験結果に基づき設定された推奨用量が日本人での推奨用量であると結論付けることは困難である。これが、早期の探索的な段階において 民族差の検討が必要な大きな理由のひとつである。また、併用薬や合併症などの交絡因子を 最小化し、検出力を高めた条件下で人種差の有無を検討できるのは、健康人を対象とした臨床試験だけである。第Ⅰ相試験の段階で、健康人を対象として民族差を評価することは、その後のグローバル開発における安全性、有効性及び用法・用量の決定に大きく寄与する。
 新薬を第Ⅰ相試験で評価できる体制・能力を失った場合、早期段階における新薬の評価は 全面的に他国に依存することになる。新薬の自国民における安全性、有効性及び用法・用量 の決定に重要なデータを全面的に海外に依存することには、自国民保護、安全保障の観点から懸念を抱かざるを得ない。また、一度、早期臨床試験のノウハウが失われてしまった場合、それを再獲得することはほぼ期待できない。創薬エコシステムの構築も不可能となるであろう。
 以上より、希少疾病用医薬品、生命に関わるような疾患で他の治療法が確立していないような分野等、国内での用量設定試験を行うことが困難な場合を除き、グローバル開発におい て可能な限り早期から日本人を対象とした臨床試験を実施することの必要性は明白である。 なお、国際共同治験を行う段階での、日本における第Ⅰ相試験の実施そのものは 1~2 か月 で終了できるものである。臨試協は、厚生労働省の「創薬力の強化・安定供給の確保等のた めの薬事規制のあり方に関する検討会」により了承された、「海外で開発が先行している品目では原則として、国際共同治験開始の前に日本人対象の第1相試験を追加実施する必要はないとする結論」に深い懸念を抱き、国際共同治験に並行してできるだけ早期に第Ⅰ相試験を追加実施する等の再考を求める。
 
2023年10月27日
臨床試験受託事業協会(臨試協)
国際共同治験開始前に日本人対象の第1相試験を追加実施する必要性についてのステート メント作成委員会
委員長 熊谷 雄治(北里研究所病院 臨床試験センター)
委員  降旗 謙一(ピーワンクリニック)
    佐藤 浩二(アイ・ディー・ディー)
    横田 愼一(北里大学病院 臨床試験センター)
    梅田 幹也(相生会 臨床研究部門)
    蓮沼 智子(北里研究所病院 臨床試験センター)
    木元 隆之(平心会)
    中川 真由美 (横浜みのるクリニック)
    深瀬 広幸(クリニカルリサーチ東京病院)